第十五回 「彷徨うは摩天楼の砂漠」
          
(UAE・オマーン・クウェート編)

UAE

Oman

Kuwait


UAE旅の期間:2007年8月11日~8月13日 3日間

訪問地:ドバイ、シャルジャ

 

オマーン旅の期間:2007年8月14日~8月16日 3日間

訪問地:マスカット、ミントリブ、ワディ・バニ・ハリド

 

クウェート旅の期間:2007年8月17日~8月18日 2日間

訪問地:クウェート




六日目: 灼熱地獄の歩き方

 

大通りから少し外れた道路の片隅に何台かワゴンが停まっている。ルートタクシーと呼ばれるミニバスだ。路線が決まっており、その間自由に乗り降りができる。マスカットの地区から地区へはこれを使って移動する。僕はこの車の助手席に座り、今滞在しているルウィという地区から、グレート・マスカット地区にあるスルタン・カブース・グランド・モスクへ向かっている。オマーンが誇る豪華絢爛な巨大モスクで、午前中だけ拝観可能なのだそうだ。

 そんなわけで約15分ちょっと車に揺られていると、やがて何も無い直線の車道沿いに悠然とそびえる巨大なミナレット(尖塔)が見えてきた。ほほう、あれかな、と思った時、ここがモスクだからと、そのまま車道で降ろされた。

 

モスクはこの直線車道を挟んだ向こうにあるが、ここは横切るための信号はもちろん、進行方向の信号さえ全く無いため、車は猛スピードで絶え間無く走り抜けていく。しかも三車線もある大きな車道だ。一車線目の車が一瞬途絶えたとしても、すぐ隣、そしてそのまた隣の車線から車が突っ込んで来るので、さすがの僕も身震いがした。これら車線の車が全部途絶えるのは正に二秒か三秒ぐらいのタイミングであり、横切る際にこのタイミングを読み間違えれば、僕は一瞬で跳ね飛ばされて終わりだ。でもそうしなければこのまま僕は永久にこの道を渡れないのだろう。あきらめて戻ろうにもこの車道は一方通行だから帰ることすらできない。ええい、イチかバチかだ。僕は三車線の車が途絶えた一瞬を読み、一気に駆け出した。で、何とか横断に成功! 渡りきった次の瞬間、車道をちょっと振り返ると、車の群れは相変わらず凄まじいスピードで行き過ぎていた。僕の体は改めてぶるぶるっと震えたのだった。

 

 前方の視界を独占する巨大なモスク。門の前に停まる車は完全に豆粒だ。さぁ、ゆっくり見学しようと足を踏み入れようとしたその時、外国人観光客とおぼしき男性二人がちょうど反対方向からこちらにやって来た。

 「入口はここでいいの?」

 「ああ、でも今日は入れないみたいだ。あそこのおっさんが入れてくれないんだよ。」

彼等はそう言ってモスク入口の回廊に立つ一人の男を指差した。黒いターバンにあずき色の民族衣装。まるでアラジンと魔法のランプの絵本から出てきたような恰好をした男だった。

 「こんにちは。中に入っていいですか?」

僕は入口まで行ってこのターバンの男に声をかけた。

 「今、このモスクは改修工事中なので中には入れません。工期はあと二週間かかります。」

男はそっけなく言った。よくよく聞くと、僕がオマーン入りする前の月にこの国を襲ったサイクロンの被害が大きかったらしい。とりあえず回廊近辺の撮影だけは許されたとは言え、回廊だけでは何もわからない。ならばとりあえず来た証拠に、今目の前に立ちはだかるこの妙な恰好の男でも撮ってやろうと思った。しかし男はその時民族衣装の上着を少しめくり、腰にひっかけた短銃をチラっと見せて言った。

 「すみませんが、私は軍の者なので。」

期待空しく、先程と同じくそっけない態度で撮影を断われてしまったのだった。

 やむなくモスクを出ると、反対路線のルートタクシーが意外と簡単に見つかったので、ルウィ地区の向こうにあるマトラ地区へ向かうことにした。オマーンの首都マスカット。この街はそれぞれ異なる機能を持った地区から形成され、それら地区が東西にズラッと一列に並んでいる。西から順に挙げてみると、シーブ空港のあるグレート・マスカット、政府官庁のあるコーロム、交通の拠点ルウィ、庶民の台所マトラ、名所旧跡のオールド・マスカット、そしビーチリゾートのブスタン。今日はマトラからオールド・マスカット、そして体力が残っていたらブスタンまで行ってみようと思う。

 そんなわけで巨大なスーク(市場)が組み合わさってできているマトラ地区に到着。穏やかな海に面して続くコルニーシュという湾岸道路のピカピカの石畳が、青空に燦燦と輝く陽の光に反射している。さてさて、スークはどこかな、なんて一瞬探そうかと思ってしまったが、その必要は無い。そこら辺の路地に一歩踏み入れれば、そこからスークは既に始まっているのだ。

 道幅は二人が並んでやっと通れるぐらい。右も左も海のシルクロードで伝わった東西の香辛料、エキゾチックなアラブの服に鉄細工のポットのような工芸品。乳香にハンジャル(三日月刀)、そしてデーツと呼ばれるナツメヤシの菓子。ドバイほどの規模はもちろん無いが、地元でゴールドスークと呼ばれる場所もあり、そこではキンキラキンの装飾品が店先のウインドウいっぱいに飾られていた。黒いベールをかぶった女性達がこれらの店の前に張り付いて見入っているが、日本人が見たら恐らくコレ、ケバ過ぎ~っ! って感じるような成金趣味的なデザインの首飾りに限って黒山の人だかりができていた。こうした細い道のスークが至るところに張り巡らされ、それら全てが中心のスークへとつながっている。

 
マスカット・マトラ地区の町並み


 途中乳香を売る店を見つけ、中を覗いてみた。インド人の店員は飲み物飲むか、と言ってわざわざ近くから缶コーラを買って来て振舞う。ま、コレも商売の一環だとはわかっていながらも、つい腰を下ろしていろいろ見せてもらった。乳香とは、アラビア半島南部を中心とした地域にある香木の樹液が固まって樹脂になったもの。多くが半透明の乳白色をした小石のような結晶体で、火をつけるとクラクラするようなミルキーな香りが漂い、気分は正にアラビアンナイト。寝つきの悪い人はこの香りでよく眠れるらしい。ま、いくら寝ても寝足りない僕には関係無いが。細かな模様を手首や足首に刷り込むヘナという独特な化粧を施した黒ベールの婦人達が、時々愛嬌を振りまきながら店にやってきて香水等を買っていた。ドバイでは現地人と外国人の間ではもっぱら英語が使われていたが、オマーンでは逆にインド人の店員が流暢なアラビア語で応対する光景がよく見られた。下町の連中はあまり英語がわからないんでな、婦人達を見送りながら乳香屋のインド人店員はそう言って笑っていた。伝統を重んじる保守的なイメージの強いオマーン。意外だったのは、街を闊歩する地元の女性の多いこと。もちろん女性の撮影は困難であるが、街の風景を撮ろうものなら、どちらを向いても黒ベールの女性が風景のどこかに入ってしまうぐらい多く見かけるのだ。それだけこの国が安全なのだと、オマーン人達は胸を張っている。

 スークは網の目のようにどこまでも続く。香を焚くにおいに、絨毯に染み込んだ羊毛のにおい。天井の所々にわずかに空けられた光取りの小窓からスポットライトのように射し込む陽の光。薄暗い小路の店で、見るからに高そうなハンジャルに埋め込まれた赤や青の宝石が怪しく光る。黒ベールの女性に白い服の男性、大きな荷物を乗せたロバ、そして遠い国から来た水兵さん等が行き交う雑踏の波に身を任せ、しばしフラフラと彷徨った。気がつくとスークはいつの間にか終わっており、民家の並ぶ迷路のような路地に迷い込む。こうした路地の至る所に小さなモスクがあるのだが、これが一つ一つが極彩色に飾られた個性的な容姿をしている。中には唐草模様や花鳥画のような絵柄が中国的とも言える細かな装飾のミナレット(尖塔)もあった。大小問わず皆個性的な色彩やデザインが使われ、競うように立ち並ぶモスク。ここオマーンの見所の一つと言っても過言ではないかも知れない。

 

極彩色のモスク

 

 一通りスークを散策した後はコルニーシュに戻り、海沿いに設けられた屋根付のベンチにダラ~ンと横になって休憩。結構歩いて少し疲れたのか、しばしウトウトと眠ってしまった。車が行き交う街のメインストリートで爆睡した初めての経験。

 時計は12時を回った。そう、四時間砂漠の時間だ。さてどうしよう。ま、この時間は移動に充てるしかあるまい。そこで隣の地区、オールド・マスカットまで歩くことにした。距離にして約3キロ。38度の炎天下を一時間ちょっと歩くことになるため、実は先程の睡眠はその準備として想定内だったのである。

 これから昼間の中東を歩いて移動してみたい、という方のためにいくつかノウハウを伝授しよう(そんな人、いるのか?)。

 

(心得1) 出発前は体力補給を。軽く昼寝をしてもいい。水もなるべく多目に買っておいて、十分なコンディションにしておく。帽子・サングラスは必需品。

(心得2) 歩く時になるべく日陰を選ぶのは常識。もしくは海に面した場所でもよい。海風が吹いているので割と涼しい。

(心得3) 噴水はキーポイント。中東では意外と大きな「噴水」によく出会う。見つけたら早速近寄ってみよう。冷たい霧のような水しぶきがしばし癒してくれるだろう。背の低い噴水の場合水しぶきはあまり無いが、恐らくプールのように下に水が溜まっている。そこで思い切って足を水の中に入れてチャプチャプやってみよう。街中ならともかく、移動途中の長い道路上の噴水なら誰にも怒られない。

(心得4) 他にも涼しいアイテムを見つけてみよう。例えば湾岸諸国は道路沿いにヤシの木を植えたりして「緑化」を試みている。なので時々緑地からスプリンクラーが出てきて水を撒くので、噴水が無ければコレを代用しよう。モロに水を浴びてもどうせすぐに乾くから童心に戻って。海辺に降りられる場所があったら、海に行ってみるのもいい。岩だらけで泳げはしないが、足だけ浸かって涼むことはできる。

(心得5) 人を見かけたら、遠慮無く道を聞こう。長い道のり、一人トボトボ歩いてるとちょっと寂しくもなる。疲れは意外とメンタル的な所からくる。そんな時、もし人を見かけたら、「○○はこっちの方向でいいんですよね?」と聞いてみよう。方向がわかっていても、確認がてら聞いてみるのだ。人と言葉を交わすだけでも結構気分が安定してくるもの。それにもしかしたら、道を間違えてるとか、近くからバスが出てるとか情報をもらえることもある。この炎天下、道を間違えるのは致命傷なので。

(心得6)あとは時々写真を撮ったり、歌でも歌ったり、脂肪を消化してスリムになった自分を想像するなどして、とにかく歩いてるその時間を楽しもう。無事たどり着いた時は嬉しいぞ!

歩いていると、こんなオブジェも