第十五回 「彷徨うは摩天楼の砂漠」
          
(UAE・オマーン・クウェート編)

UAE

Oman

Kuwait


UAE旅の期間:2007年8月11日~8月13日 3日間

訪問地:ドバイ、シャルジャ

 

オマーン旅の期間:2007年8月14日~8月16日 3日間

訪問地:マスカット、ミントリブ、ワディ・バニ・ハリド

 

クウェート旅の期間:2007年8月17日~8月18日 2日間

訪問地:クウェート




四日目: ゴージャスシティっ!ドバイ

 

 朝から暑い。サングラスを持参してきてよかったと、ひしひし思ってしまうぐらい。そのままだと「チャイニーズ」と言われる僕。出稼ぎ労働者と見なされナメられたくないので、観光客ぶって似合いもしないサングラスをかけてみたが、結局「フィリピーノ」と呼ばれてしまった。ガックリ。

 

 例のごとく僕はユース近くのバス停で31番のバスを待っている。本日僕はドバイから出て、首長国巡りをしようと思った。昨日のシャルジャが単なるドバイのベッドタウンだったとは言え、UAE関連の情報って、99%ドバイがらみだし、そう言われてみりゃ、他の首長国ってどんな感じ? と、やはり気になってしまうのである。ドバイの街は昨日歩いてみた限り、非常にアラブらしくないことがよくわかった。街中はほとんど外国人。たまに受付とかで見かけるアラブ人も実は現地人じゃなくて、エジプト人だったりする。高級車でスゥ~っと通り過ぎて行ったり、ショッピングモールでお買い物している白装束の男と黒ベールの女が多分現地人であろう。しかしほとんど出会う機会は無い。案外田舎の首長国ならもっと現地人とも出会えるのカナ? なんて思ったのだ。

 UAEで最も東に位置する首長国ラス・アル・ハイマまで行くバスが、デイラ・ターミナルって所から出ている。東端からドバイに戻る方向に沿って、ウンム・アル・カイワイン、アジマーンの順に周遊してみよう、というのが今回の計画。一日でそう何都市も見られないので、方向の違う南部のフジャイラ、東部のアブダビは割愛するけど、時間がもし余ったら臨機応変にそっち方面に行ってもいい。

 しかし相変わらず何の放送も表示も無いこのバス、わかっていてもやっぱり不安になるもんだ。隣でワイワイ盛り上がるパキスタン人らしき二人組。会話を遮って尋ねてみると、連中は明るい調子で、「おう、次の停留所だから安心しな」って、言うもんだから、そのまま素直に安心していた。やがてバスは大きなターミナルへと到着。ほほう、ちゃんとしたターミナルじゃないの、と思いきや、他の首長国へ行くバスなどどこにも見当たらない。よくよく確認してみた結果、ここはデイラ・ターミナルのもう少し先にあるアル・ラス・ターミナルであった。またデタラメナビにハマってしまった!! 地図を見るとデイラもここからそう遠くはなさそうだったので、客待ちしてるタクシーに当たってみたが、この雲助、高額な料金で強気に出ていた。アタマにきたのでここから逆に戻るバスを気合で見つけ出し、今後こそっ! と、デイラを目指す。この時、隣に座っていた南アジア系の青年はデイラの行き方を非常に丁寧に教えてくれた。今度はバッチリじゃん! と、意気揚々と目的地のバス停を降りる。しかし・・・。

 

あれは、バスターミナルじゃなくって、駐車場じゃないの?

 

 おいおい、さっきから僕は一体誰を信用すればいいんだよぉ。。。道行く人、更には駐車場の管理人にも聞いてみるが、「いや、そんな所知らないよ」とのこと。この辺の人々が皆知らないって言うんじゃ、この近くにはそんなバスターミナルは無いってことである。マックの前にいる身なりのいい男。これで最後だ。彼に聞いてみてやっぱり知らないようだったら、今回の計画は全てあきらめよう。僕はそう思って駆け寄り、そして尋ねた。すると・・・。

 「デイラ・タクシー・ターミナルのことかい? それならあの信号を渡った向かいだよ。」

 駐車場と反対方向にある、屋根のかかった暗い場所がどうやらデイラ・ターミナルのようだった。今彼は「タクシー・ターミナル」と言った。なるほど確かにバスターミナルにしちゃあまりに小規模過ぎるので、目の前にあったとは言え全然気づかなかった。せいぜい自動車修理工場かと思っていた。つまり僕がバスターミナルと聞いたから、みんな知らないと答えたのかも。UAEには大型バスの他に、ルートタクシーと呼ばれるワゴン型のミニバスもよく走っている。アジアでよくあるよね。中国なら小巴、フィリピンならジプニー、武蔵野市ならムーバス。あっ、それはローカルネタだった。ま、つまりはその手のミニバスの発着所だったってわけだ。

 

 さぁ、いよいよラス・アル・ハイマへ!! と、思ったその時だった。僕は今アラビア半島にいることを忘れていた。ここまで来るのに何だかんだで時間がかかっていたものだから、時計はもう11時半を回っていたのである。しまった。実は湾岸諸国では毎日正午12時から16時までの四時間、全てが砂漠に戻る。つまりは長い昼休み休憩となり、食堂、銀行、商店、博物館等が一斉にクローズして、ゴーストタウンと化してしまうのである。僕は勝手にこれを「四時間砂漠」と呼んで恐れていたが、もし今バスに乗ったとすれば、現地に着く頃には12時を過ぎてしまい、恐怖の四時間砂漠が始まってしまう。長い時間をかけて行った先で全てがクローズしてたら、そりゃ悲劇。またしても障壁が立ちはだかる。とりあえずここは冷静に考えようと、マクドナルドに入ってご当地限定の「マックアラビア」なるケバブをムシャムシャと食べた。

 で、結論。残念だけど、本日の首長国巡り計画は中止。やはり昨日のシャルジャを見て少し好奇心が薄れてしまったのも大きな理由。規模こそ違うかも知れないが、やっぱり外国人ばかりのミニ・ドバイなのだろうと思う。では、今日は何をする? ここにいたって、もうそろそろ四時間砂漠が始まってしまう。砂漠にならない場所はどこ? 大型のショッピングモールなら大丈夫かな? 今日はお土産買い物ツアーとしゃれこむか、と思った時、突然ひらめいた。ただの買い物じゃつまらない。金を使うつもりは無いが、見るだけ見に行ってみようか。ゴージャスでセレブなドバイを!

マクドナルドのご当地メニュー「マックアラビア」

 

 とは言うもの、ここから「ゴージャス・エリア」はメチャ遠いのだ。まず昨日シャルジャ行きバスを利用したアル・グバイバ・ターミナルへ行く必要がある。そこまではアブラ乗り場まで行かなくてはならない。そしてアブラ乗り場まではどうやって行く? 面倒くさい、タクシーを使おう。と、思ったが、みんな考えることは同じ。炎天下、バス停でいくら待ってもお目当てのバスが来ないと、みんなタクシーに乗ろうと考える。なのでこの近辺で流しのタクシーが来た途端、大勢の人々がタクシーめがけてワンサカ飛んで行くのである。これじゃ、当分タクシーにはありつけん。ではどうする? もう、こうなったらしょうがないでしょ。

 

 もちろん、歩いた。気温38度。道を知ってるわけでもない。途中途中で人に聞きながら、ひたすら歩いた。足に二、三個のマメができ、アイタタタっ、と近くの昇り階段に腰をかけると、この階段、目玉焼きでも焼けそうなぐらいアツークなっており、アチチチっ!と、立ち上がってまた歩いた。そんなことを繰り返しながら、やっと運河沿いにたどり着く。暑さだったらインドだってタイだって暑いから十分慣れてると思っていたのだが、外に出てから五時間経過すると、ジワジワと体に効いてくるのがこの国特有の暑さ。倦怠感でフラフラしながらも、あぶら、あぶらぁ・・・と呪文のような言葉をボソボソつぶやきながら船着場を探す。やがて水面を切るような水しぶきが舞い上がる船が行き交う、あの場所を100mほど前方に発見した! おお~、あぶらだぁ~! と、まるで砂漠の中で油田を発見した昔のアラブ人の如く喜び、船の先頭に飛び乗った。手元に飲み物は無かったが、この炎天下では、海風を浴びるだけでも少しは渇きを癒せることを知った。

 やがて向こう岸にたどり着き、アル・グバイバ・ターミナルから一路「バージ・アル・アラブ」へ行く8番のバスに乗り込んだ。よくドバイのシンボルとしてテレビなんかで目にするあの船の帆みたいな、三日月みたいなゴージャスホテル。あれがバージ・アル・アラブね。

 

 バスに揺られて約40分。まだかなぁ~なんてアクビしながら窓を見ると、通りがいつの間にかトロピカルなヤシの並木道に変わっており、前方にはあの巨大ホテル、バージ・アル・アラブがその貫禄を見せ付けるかのごとくそびえ立っていた。バスはまだまだ先に行くようだったので、僕はホテル前で停車させて降りた。

 

 目の前にあるあの六つ星超ゴージャスホテル。高い部屋は一泊80万円ぐらいするらしい。とてつもなく巨大なカマキリのタマゴに見下ろされているようだった。これがもし20年前にできていたら、日本の特撮怪獣ものや、ロボットアニメにもかなりの影響を及ぼしたであろうSFチックな建物であった。隣の塀の向こうにはサマーランドみたいなプールレジャー施設があるようで、時々巨大滑り台を滑降する人のワーッ! キャーッ!って声がここまで聞こえてきた。一枚か二枚写真を撮った僕、さぁ、中を散策してみるか。お茶の一杯でも飲んでやるか。と、足を踏み入れようとした。と、その時・・・。

 「おい、ちょっと待ちな。ココは宿泊者以外立入禁止だぜ。」

入口前の詰所のような所にいたガードマンに呼び止められ、文字通り門前払いされた。お~い、せっかくココまで来たのにそりゃ無いだろう。わざわざ遠くから来たんだぞ、って言うとガードマン、じゃあ隣のマディナ・ジュメイラに行きな。あっちだったら入れるぜ、と言ってすぐ隣の方向を指差した。少し腑に落ちない気持ちも引きずっていたが、金もコネも無い僕がいくらこの男相手にゴネたって、ここは通れないのだろう。ま、ゴージャスホテルは何もここだけじゃないしな、と思い、とりあえず隣に行ってみることにした。実はお隣のマディナ・ジュメイラにはアラブのスークっぽいショッピングモールがあると聞いていたので、元々ここ「ゴージャス・エリア」を散策したら最後に寄って買い物して行こうと思っていた。

 

 お隣の敷地に一歩足を踏み入れる。えっ、ここ中東?! 東南アジアか南太平洋じゃないの? と思うほど熱帯植物が生い茂るトロピカルな道を歩いて入口へ。大きな回転扉の前にはランボルギーニの高級車が横付けされていた。中に入ると、フロントの前には四角い池が広がっており、水面に浮かぶ無数の花びらが噴水の水しぶきに合わせて、右に、左にと渦を巻くように舞っている。奥のカフェから聞こえてくるピアノの生演奏を聴きながら、あぁ、涼し~っ、としばらくポケ~っとし、気が済むまで一休みした後でショッピングモールに行こうとした。しかし方向を間違えたのか、僕が開けた扉はモールではなかった。

 そこは誰もいない大広間。敷き詰められた大理石の上に高級ジュウタンが敷き詰められ、ゴージャスなシャンデリアの下にはアラブ風の装飾が施されたソファが並べられていた。そのまた向こうにまた大きな扉があり、開けゴマぁ~と押し開く。するとそのまた向こうにも大きくて誰もいないゴージャスな大広間。このホテル、あまりに大き過ぎて誰もいないスペースも多々あるようなのだ。更にそのまた先の扉の向こうにはガラス張りの回廊があり、どうやらその回廊辺りからが宿泊者のエリアのようだった。ガラスの向こうには先程門前払いされたバージ・アル・アラブがはっきりと見える。でも今となってはこっちの方が遥かにスケールでかそうだ。ガラス越しにアカンベェ~。その後先程の無人の大広間に戻ってソファを陣取り、VIP気分でしばらくリラーックス。時々従業員や宿泊者がこの広間を通り過ぎて行くが、誰にも何も言われない。極楽、極楽~! と、もうしばらくここでくつろぐ僕であった。

マディナ・ジュメイラからバージ・アル・アラブを眺める

 

マディナ・ジュメイラの回廊

あまりにポケ~っとし過ぎて、ここで一つ大ドジを踏む。デジカメじゃない方のフィルムのカメラをどこかに落としたか、置き忘れてしまった。つい先程まであったのである。慌ててフロントに舞い戻り、従業員に事情を話した。すると彼等は宿泊者でもない僕にも丁重かつ迅速に対応し、何と20分以内にそれを見つけ出してくれたのである。おお~っ! さっすがドバイ一、二を競うホテル!! 自分のヘマとは言え、ただ遊びに来たヤツにも感動を与えてくれる文字通りスゴイホテルなのだった。

 改めてモールの方へと向かう途中、大きな池を渡った。その周囲は古いアラブのお城のような風景。あっ、これ以前テレビで見て、腰を抜かしたことのあるホテル! 確か宿泊者は船に乗って部屋に行く、まるで街のような超巨大ホテルじゃないか! 今頃になって気づいたのだった。

 その後はアラブの伝統音楽がBGMで流れるモールを散策。少し薄暗くスークを彷徨っているような迷路風の空間に一流ブランドの衣類やお菓子等が並ぶ。各国の骨董品もあれば、アラブの格好したテディベアも売っている。ここではとりあえず一杯300円のミックスジュースを飲んだだけ。さすがに我々平民が買い物するような場所ではなかったが、博物館を散策する感覚でじっくり見て回り、市内に戻った時は既に日が暮れていた。お土産はもちろん、市内に戻った後に大衆向けショッピングセンターのカルフールで。とは言ってもこのカルフールの規模だってスゴかった。やっぱドバイ、ウワサ通りスゴイ都市である。

 

 アブラ乗り場まで行く途中、スークの裏道を通って近道しようとした。するとその裏道一帯では、怪しい香辛料と花々の香りが漂い、コブシの効いた宗教歌のような音楽が絶え間無く流れていた。所狭しと並ぶ小さな店にはヒンズーの神クリシュナの絵がベタベタと張られ、そこは正にインドの路地そのものであった。ある一郭にある花屋の二階に小さなヒンズー教寺院があり、参拝者が周辺の店で花や香料を買ってから、靴を脱いで花屋の脇の小さな階段を昇って参拝に行く。二人すれ違うのがやっとなぐらいの狭い通りなので、肩を少し逸らしながら歩く。道行く人々は全てインド人。何となく彼等の僕への視線はどこかよそ者を見るようなややクールなものであった。ここは異文化の土地にやってきた人々が心を休める唯一の場所として作られた秘密基地そのものであった。

 

 それにしてもこのドバイって街、見渡す限りインド・パキスタン人ばかりである。聞こえてくるのはアラビア語ではなく、インド系の言葉か、巻き舌の目立つアジア英語。食事もここ数日口にしてきたのはインド方面の料理ばかり。お陰でカレーチャーハン「ビリヤニ」というお気に入りの料理が見つかった。そんな感じでこの国はアラブというより、近代化した南インドといった印象であった。

夜のオールドスーク